(講演の内容を再現したものです)
目次


■相続法のあらまし


 ◎はじめに


 ◎法定相続人・法定相続分・遺留分


 ◎普通方式遺言の種類


 ◎法定遺言事項


 ◎遺言が必要となるケース





■遺言の具体事例


 ◎ケース1:死んだ長男の嫁に財産を残したい


 ◎ケース2:妻に全財産を残したい


 ◎ケース3:認知した子がいるので、トラブルを回避したい


 ◎ケース4:長男を会社の後継者にしたい


 ◎ケース5:事実上婚姻関係が破綻している戸籍上の妻に財産を遺したくない(最低限度で相続させたい)。内縁の妻に財産を残したい。





 こんにちは、山田です。幹事長から月例会での講師のお話をいただきまして、若輩者ではございますが、お引き受けさせていただきました。よろしくお願い致します。私は、行政書士をしておりますが、今日は私の業務の一つである相続と遺言について、「遺言の活用法」というテーマで、少しお話をさせていただきたいと思います。


 遺言といいましても、その言葉は知られていますが、実際に遺言を書いたりというのは、まだまだ一般的ではないようです。かく言う私も、大した財産もないし、まだそういう年でもあるまい等という気持ではありますが、財産の多少にかかわらず、人はある年齢、ある時期に達したときは、遺言を書く、遺すということはとても大切なことだと思います。それは、単に法律的問題にとどまらず、自分の人生を、または、自分と深いかかわりを持った人達を、今一度見つめ直すという意味においても、有意義なことだと思います。


 さて、今日は法律的な問題として遺言というものを考えてみたいと思います。というのは、昨今、相続財産をめぐる争いが、非常に多くなってきております。土地の高騰、相続への権利意識の高まりなどが、その背景にあると思われます。書店に行くと、一般向けの数多くの相続関係の本が並べられています。相続は、一生の一大事ともいえます。このような背景を考えると、逆に相続争いというのは、なにも不仲な家族の問題ではなく、ごく普通の家族の間にも、起こり得る問題なのかもしれません。家庭裁判所に持ち込まれる相続問題の多くは遺言があれば回避できると言われています。自分の死後、相続人の間で円満な遺産分割協議がなされるという保証は、実はどこにもないのですから、無用な争いを避けるためには、生前に遺言書を用意しておくことが最上の方法と言えると思います。遺言は遺された家族への思いやりの形、という言葉もあります。そこで、遺言の効用、活用法ということを考えていきたいと思いますが、まず、その前提として、民法で規定されている相続法のあらましについて、ご存知の方も大勢いらっしゃるとは思いますが、お話をさせていただきたいと思います。


 相続とは「個人の財産的な権利や義務をその死亡と同時に、個人の配偶者や子どもなど相続人として法律に定められた者が包括的に引き継ぐこと」と定義されます。皆様もご存知のとおり、誰が相続人となり、どれだけ相続するかは民法で規定されております。遺言があれば、まず遺言の内容にしたがって、相続財産が分け与えられるわけですが、遺言がなければ民法の規定によることになります。ですから遺言のない相続では、法定相続人が法定相続分を一応の基準にして分割協議をすすめていくことになります。


 それでは、まず法定相続人とその相続分について説明させていただきます。配布しました資料の2ページ目をご覧下さい。


(資料ページ2)
■相続法のあらまし


●法定相続人・法定相続分・遺留分


◆法定相続人
 死亡した人(=被相続人)の配偶者は常に相続人となり、配偶者以外の人は、次の順序で配偶者と一緒に相続人になります。
第1順位 被相続人の子(その者が既に死亡している時は、その者の卑属=代襲相続人)
第2順位 被相続人の直系尊属(父母や祖父母等)
第3順位 被相続人の兄弟姉妹(その者が既に死亡している時は、その者の子まで)
なお、相続放棄をした人は初めから相続人ではなかったものとみなされ、欠格事由に該当したり、廃除の審判がなされると、相続人の資格を失います。


◆法定相続分
@配偶者と第1順位 … 配偶者 1/2   子    (複数の場合は均分)1/2
A配偶者と第2順位 … 配偶者 2/3   直系尊属(複数の場合は均分)1/3
B配偶者と第3順位 … 配偶者 3/4   兄弟姉妹(複数の場合は均分)1/4


◆遺留分  遺留分とは、被相続人の全財産のうち、各相続人が最低限相続できる割合のことです。したがって遺留分を侵害する遺言は、無効になるわけではありませんが、相続人は他の相続人に対して遺留分減殺請求をして、その侵害された分を取り戻すことができます。侵害された当の相続人が承諾しているならば、遺留分を侵害する遺言の内容は実現されますが、トラブルの元になるので、避けた方がよいでしょう。
 ◎遺留分の割合
法定相続人が直系尊属のみは3分の1、それ以外は2分の1。但し、兄弟姉妹には遺留分はない。
法定相続人遺留分割合各相続人の遺留分割合
配偶者のみ2分の1―――
子どものみ2分の1子ども1人当たり = 1/2 ÷ 人数
配偶者と子ども2分の1配偶者 = 1/2 × 1/2 = 1/4 子ども1人当たり = 1/2 × 1/2 ÷ 人数
直系尊属のみ3分の1直系尊属1人当たり = 1/3 ÷ 人数
配偶者と直系尊属2分の1 配偶者= 1/2 × 2/3 = 1/3 直系尊属1人当たり = 1/2 × 1/3 ÷ 人数
配偶者と兄弟姉妹2分の1配偶者=1/2 兄弟姉妹…なし
兄弟姉妹のみ なし―――


 相続人には、大きく分けると配偶者相続人と血族相続人との2つがあります。このうち血族相続人については、被相続人(死亡して財産を残した者)との血縁により3つのグループに分けられます。


 被相続人の配偶者は常に相続人となります。配偶者は被相続人と協力をして、その財産形成にあたってきたわけですから、法律でもそうした点が考慮されているわけです。但し、この場合の配偶者とは、婚姻届を出している法律上の配偶者をさし、婚姻届を出していない内縁関係の場合には相続人になることはできません。血族相続人が1人もいない場合は、全財産を配偶者が相続することになります。また、血族相続人がある場合は、血族相続人とともに相続しますが、どの順位の血族相続人と相続するかによってその法定相続分は異なります。また、配偶者がいない場合は、血族相続人が優先順位にしたがって相続することになります。


 血族相続人には優先順位がついているわけですが、第1順位は、被相続人の子です。被相続人に子がいれば配偶者と並んで相続人となります。この場合、実子、養子、嫡出子や非嫡出子の区別はなく、また、性別や長男、次男等による違いもありません。但し、相続分についてだけは、非嫡出子は、嫡出子の2分の1という規定があります。なお前後しますが、嫡出子とは法律上の婚姻関係にある男女を父母として生まれた子をいい、非嫡出子とは、法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子で、認知された場合に相続権を有します。ちなみに余談ながら、この民法900条4号の規定は、法の下の平等に反するという批判も多く、近い将来の民法改正では削除される可能性が強いとされている規定です。また、相続開始時点で、これは被相続人の死亡時ですが、すでに本来の相続人であるはずの子が死亡している場合には、その子ども、つまり被相続人の孫が相続します。また、その孫が死亡している場合は、その子ども、つまり曾孫が相続することになります。これを代襲相続人と呼んでいます。


 配偶者と第1順位の場合の法定相続分は、配偶者が2分の1、子が2分の1で、子が複数いる場合は、子の数で均等分割します。また、代襲相続人が複数いる場合は、各人の相続分は被代襲者が受けるべきであった相続分を均等分割することになります。


 次に、被相続人に子がいない場合等は、第2順位として、被相続人の父母、祖父母等の被相続人の直系卑属が、相続人となります。この場合、実父母であると養父母であるとを問いません。なお、尊属について代襲相続というものはありません。配偶者と第2順位の場合の法定相続分は、配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1で、直系尊属が複数いる場合は、直系尊属の数で均等分割します。


 そして、第1順位、第2順位の相続人もいないときには、第3順位として被相続人の兄弟姉妹が相続人となります。この場合、半血の兄弟姉妹、つまり両親のうち一方の親が違う兄弟姉妹、は全血の兄弟姉妹の半分という規定があります。また、代襲相続は兄弟姉妹の子どもまでしか認められません。配偶者と第3順位の場合の法定相続分は、配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1で、兄弟姉妹が複数いる場合は、兄弟姉妹の数で均等分割します。


 ところで、法定相続人でありながら、相続人の資格を失うという規定があります。それは、民法891条に規定する相続欠格に該当する場合と、相続廃除の審判を受けた場合です。相続欠格とは、故意に被相続人や自分よりも先順位の相続人を殺害して刑に処せられたとか、遺言書を偽造、破棄、隠匿した等の場合に、当然に相続人の資格を失うことです。また、相続廃除とは、相続人にあたる者が、被相続人に暴力をふるう、侮辱する、被相続人の財産を無断で処分した等、相続人としてふさわしくない人物を、被相続人本人の意思に基づき、家庭裁判所に請求して、相続人資格を奪う制度です。なお、欠格、廃除も代襲原因となるので、その者に卑属がいる場合、代襲相続人となります。


 また、相続人が相続開始後に家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすることによって、その相続人ははじめから相続人でなかったことになります。つまり相続放棄をした者は、相続人の確定や相続分の算定では、最初からいなかったものとみなされて、権利も義務もまったく承継しないことになります。なお、遺産分割協議の席上で「自分は相続を放棄する」などと言うことは、世間一般ではよくみられることですが、これは法律上は、あくまでも自分の権利を零とする趣旨の遺産分割協議であって、家庭裁判所に申述してする相続の放棄とは全く別のものです。相続放棄の場合は、はじめから相続人でなかったことになるので、次順位の相続人が繰り上がることもありえますし、債務も勿論相続しません。遺産分割協議においては、自分の持分権を零にしても、債務、例えば、被相続人の残した借金等、は相続するわけで、以上の点が決定的に異なります。なお、相続放棄した場合、代襲相続はありません。


 以上が、法定相続人と法定相続分の規定であり、相続法の核心をなす部分ですが、遺言とも関連して、重要な規定に、遺留分の制度というものがあります。遺留分とは、相続財産のうち一定割合は、遺言の内容にかかわらず、必ず一定範囲の相続人に留保されるという規定です。具体的な、遺留分については資料2ページ下の表をご覧下さい。遺留分を有する相続人を遺留分権利者といい、遺留分権利者の範囲は、配偶者、直系卑属、直系尊属までです。兄弟姉妹には遺留分はありません。遺留分を侵害した遺言は、無効ではありませんが、遺留分権利者は受遺者や受贈者に対して遺留分減殺請求をして、自分の侵害された権利を取り戻すことができます。受遺者とは遺言により贈与を受けた者、この場合の受贈者とは相続開始1年前に生前贈与を受けた者です。勿論、減殺請求の相手方は、遺言で法定相続分以上の相続分を取得した相続人である場合もあります。減殺請求権は、その権利を行使してはじめて効力が発生するので、遺留分を侵害された相続人が、それでよし、とするならば、遺留分を侵害する遺言もそのまま実現されることになります。なお、この遺留分減殺請求権は、相続が開始して減殺すべき贈与、遺贈があったことを知ったときから1年、相続開始から10年の消滅時効にかかります。


 さて、次は、遺言の方式について説明させていただきます。遺言の方式には、通常の場合に用いられる普通方式と、普通方式が困難な場合にのみ用いられる特別方式の2つがありますが、今日は特別方式については割愛させいただきます。資料3ページをご覧下さい。




(資料ページ3)
●普通方式遺言の種類


◆自筆証書遺言
方法 … 遺言者自らが全文と日付を自書(ワープロ等不可)、署名、押印をする。
利点 … 証人、公証人等の第三者の関与不要。遺言の存在を秘密にできる。 費用がかからない。
欠点 … 方式不備で無効になったり、偽造、改ざん、隠匿、紛失のおそれが高い。 家庭裁判所の検認が必要。


◆公正証書遺言
方法 … 遺言者の口述を公証人が筆記し、その内容を遺言者、証人(2名)の前で読上げ全員で署名・押印する。(実際は文案を事前に渡し、作成されたものを、本人と保証人が公証人役場に出向き確認することになります。公証人が遺言者の自宅等に出張して作成することも可能です。)
利点 … 方式不備のおそれがなく、原本は公証人役場に保管されるので、偽造、改ざん、隠匿のおそれがない。執行確実性が高い。家庭裁判所の検認不要。
欠点 … 証人や公証人に遺言の内容が知られる。費用がかかる。


◆秘密証書遺言
方法 … 遺言者が遺言書を作成、封印し、自分の遺言である旨を、証人(2人)立会いのもとに公証人に申述する。
利点 … 遺言の存在を明確にしつつ、その内容の秘密を保てる。偽造、隠匿のおそれがない。
欠点 … 内容に関し方式不備のおそれ裁判所の検認必要。費用がかかる。



 このように、普通方式の遺言には3種類あり、それぞれに、長所、短所があります。一番、簡単にできるのは、自筆証書遺言です。全文を自書して、日付、署名、押印すれば、それでできますが、今上げた要件を一つでも欠くと、全て無効となってしまいます。勿論、ワープロや代筆も無効です。また、偽造や改ざん、紛失のおそれが高いというデメリットもあります。また、書いた本人が机の奥深くにしまいこんだまま亡くなり、遺族も遺言の存在を知らず、他の文書等に紛れて永久に発見されないままになってしまうということもないことではありません。


 それに対して、一番執行の確実性が高く、偽造、紛失等のおそれもないのが公正証書遺言です。これは、公証人が遺言者の口述を筆記し、その内容を遺言者、証人2名の前で読み上げて、全員で署名・押印して作成します。もっとも、民法の規定では、そうなっていますが、実際のところは、文案をあらかじめ作成しておき、本人あるいは弁護士や行政書士等の代理人が、事前に公証人と打合せをして、後日指定された日に、遺言者本人が保証人を同行して公証人役場に行くときには、すでに出来上がっているという段取りを踏むのが普通です。費用がかかる等のデメリットもありますが、遺言書の原本は公証人役場に保管されるため、安全で、近年、遺言は公正証書で作成するというのが主流になりつつあります。ちなみに保管年数は20年間又は遺言者が百歳に達するまでのどちらか長い年数です。なお、証人2人が必要ですが、証人は、推定相続人や受遺者、及びこれらの配偶者、直系血族などいわゆる利害関係人はなれないので、親しい友人や遠い親戚、弁護士、行政書士等の専門家等、信頼できる人に頼むことになります。


 普通方式ではあと秘密方式遺言という方式がありますが、実際上はあまり利用されていないようです。資料3ページの説明をご参考にして下さい。説明は割愛させていただきます。


 次は、遺言事項について少し触れます。資料の4ページの上段をご覧ください。



(資料ページ4の上段)
●法定遺言事項
 遺言書に何を書くかは原則的に自由ですが、そのすべてが実行されるとは限りません。つまり、法的に効力のある事項が定められており、法定事項以外はその実行の強制はできません。しかし、法的に効力のない事項でも、遺族が遺言者の意思を汲み取って、実現してくれることもあるので、言い残したいことはすべて遺言したほうがよいとも考えられます。


◎遺言書に書いて法的に効力のある主な遺言事項
・相続分の指定、指定の委託
・遺産分割の方法の指定、指定の委託
・遺贈(遺言による財産の贈与)や寄付行為、信託の設定による財産処分の仕方
・生命保険金受取人の指定・変更
・遺産分割の禁止
・特別受益の持ち戻しの免除
・遺贈減殺方法の指定
・推定相続人(相続人と予定されている者)の廃除、取消し
・非嫡出子の認知
・未成年者の後見人と後見監督人の指定
・祭祀承継者の指定
・遺言執行者の指定、指定の委託



 そこにあるとおり、遺言書に何を書くかは、原則的に自由なのですが、法的に効力を有するものは民法で規定されており、それ以外の事項については、遺言書に記載しても効力がないということになります。つまり、例をあげれば、「自分の葬式は出さないでほしい」とか「お母さんを大事にして、全員で仲良く暮らすように」等という内容は、それを遺族に強制できないという意味において、法的に効力はないということです。もっとも、遺族が遺言者の意思を汲み取って実現に努力してくれることもあるので、法定遺言事項以外を書いてはいけないという意味では勿論ありませんし、むしろ、書いたほうがよいという内容のものもいろいろあると思います。一般的には、「どこそこの土地と建物は妻花子に、どこそこの土地は長男太郎に、どこそこの銀行預金は次男次郎に相続させる」とか、「遺産の3分の1を妻花子に相続させ、残り3分の2を息子の太郎に相続させる」等といった、相続分の指定や、遺産分割協議の方法の指定が中心となります。


 以上、相続法のあらましを述べてきましたが、最初にも申し上げたとおり、自分の死後遺産分割協議が円満に進むという保証はありません。なかには、相続トラブルの発生があらかじめ危惧される、予想される場合もあります。また、トラブル回避以外にも、遺言が必要なケースがあります。その代表的なものを、資料4ページの下段にあげましたので、ご覧ください。



(資料のページ4の下段)

●遺言が必要となるケース


〇法定相続分とは異なる割合で相続させたい  (なお、相続人には遺言でも侵害することのできない、法律で定められた一定の割合(遺留分)が留保されており、遺留分を侵害すると、遺留分減殺請求を受けることがあるので注意が必要)
〇兄弟の仲がもともと良くない、または、日頃から疎遠である
〇先妻の子供がいるので、もめごとが起こらないようにしたい
〇法定相続人の中に、相続させたくない者がいる(遺言でも相続廃除の意思表示ができる)
〇先祖代々の土地を分割させないで、特定の者に相続させたい
〇先祖の墓や仏壇などの祭祀継承者を指定したい
〇長男の嫁に遺贈をしたい (子の配偶者には相続権はない)
〇内縁の伴侶に財産を与えたい (籍を入れていない内縁関係の場合は相続権はない)
〇非嫡出子を認知したい (認知は生前でもできるが、遺言によることもできる)
〇世話になった恩人に遺贈したい
〇障害のある子がおり、自分の死後も安心して生活できるように後見人を決めておきたい
〇相続人がいないので、あらかじめ財産の使い道を指定しておきたい


などが、考えられます。


 以上のような場合、遺言が必要になると考えられますが、次に、具体例にあげながら、遺言の効用、活用法について、もう少し具体的に、みていきたいと思います。


 資料5ページのケース1をご覧ください。「死んだ長男の嫁に財産を残したい」という事例です。なお、●が遺言者、死亡すれば被相続人、◎が法定相続人、△は相続人以外の者、×は相続開始時に、既に死亡している者を示します。


(資料ページ5)

■遺言の具体事例


◆ケース1:死んだ長男の嫁に財産を残したい

 どんな事案か概略を述べます。Aさんは現在自分名義の土地・建物で、長男Bの家族と同居していました。Aさんの奥さんは既に他界し、食事の支度や日常の身の周りの世話は長男Bの妻であるEが長年にわたりしてきました。舅と嫁の関係も良好で、Aさんが老後を安心して暮らせるのもEのおかげだと感謝していました。ところが、昨年、頼りにしていた長男Bが急死してしまいました。長男夫婦には子Fがいますが、まだ中学生です。Aさんには、次男Cと三男Dがいますが、他府県でそれぞれ独立して生活しており、Aさんの奥さんが亡くなってからは、数年に一度遊びにくるだけで、関係は疎遠です。また、Aさんは、次男の嫁、三男の嫁とは、以前からあまり良い関係ではありません。Aさんには、今住居にしている自分名義の土地・建物のほかは、預金が少しあります。以上のようなケースです。


 Aさんが亡くなった場合、遺言がない場合、相続人はF、C、Dの3人で、法定相続分は各3分の1です。Eには相続権はありません。Fは未成年者なので、Eが法定代理人として遺産分割協議に加わることになります。次男C、三男DがEの苦労を評価し、それぞれの法定持分を主張せず、例えば不動産はFが単独相続するという旨の協議が調えば特に問題はないと思われますが、あくまでも法定相続分を主張すれば、不動産を売却して現金分割するか、あるいはFは法定相続分相当分を、不動産を担保に借金する等して捻出して現金で分与しなくてはならなくなるかもしれません。共有関係で一旦相続登記することもないことではないのですが、暫定的な措置と考えられおります。とりわけ、こういったケースでは、相続人よりも、相続人の各配偶者が分割協議に口をはさみ、権利を主張するなどしてきて、事態が紛糾する場合が多いようです。いずれにせよ、長男の嫁であるEに酷な結果となりかねません。また、このケースでは、孫Fが代襲相続人となる場合なのでまだしも、これで長男Bに子どもがいない場合は、遺産は次男Cと三男Dにそれぞれ相続されるので、相続分のないEにとっては非常に酷な結果となります。


 Aさんが長男の嫁Eの労に対して感謝の念を形にして報いるためには、Aさんのとるべき方法は2つあります。1つは、C、Dの遺留分に考慮しながらEにも遺贈すべく遺言を書くことです。もう1つは、Eと生前に養子縁組を結ぶことです。Eが養子になれば、4分の1の相続分を取得できることになります。さらに、養子縁組を結んだ後、遺言によって法定相続分以上の分を相続させれば、遺留分を考慮してもEとFとで遺産の最大4分の3まで相続できることになります。また、やむを得ず遺留分を侵害せざるをえない場合でも、遺言書の中に、減殺請求権者に対して、減殺請求しないようにお願いする等、心情に訴える表現を入れれば、法的に拘束力はないものの、事後の紛争を回避できる可能性は高くなります。


◆ケース2:妻に全財産を残したい

 次はケース2の「妻に全財産を残したい」という事例です。


 事例の概略は次のとおりです。Aには妻Bがいますが、子どもはありません。Aの両親はすでに他界しており、兄弟姉妹が3人います。財産は、住居に使用している土地・建物だけです。法定相続分によると兄弟姉妹の分で4分の1になりますが、Aさんは妻に全財産を遺したいと考えています。以上のような、ケースです。


この場合は明快です。妻に全財産を相続させる旨の遺言書を作成することです。兄弟姉妹には遺留分がないので、減殺請求される心配はありません。また、逆に、遺言を作成しなかった場合で、財産が不動産だけのような場合には、兄弟姉妹の主張、態度如何によっては、残された妻のBは、現在住んでいる家を処分して現金化する必要に迫られる等、非常に酷な立場に置かれる危険性がないとはいえません。


◆ケース3:認知した子がいるので、トラブルを回避したい
(※先妻の子供がいる場合も同様。なお、法定相続分は現在の妻との子供と同じ)

 次はケース3の「認知した子がいるので、トラブルを回避したい」という事例です。


 Aさんには、妻Bと子Cがいますが、妻Bと結婚するずっと以前の若い頃に、女Dと関係を持ち、子Eをもうけていました。事情があって、女Dとは結婚できませんでしたが、子Eについては認知届を出し、子Eは女Dが引取り一人で育てました。その後、女Dとは別れ、音信不通になり、女Dも子Eも今生きているのかどうか、どこにいるのかもわかりません。そのことは妻Bも子Cも知りませんが、自分が死んで相続が開始した場合に、認知した子Eはどうなるのか考えています。Aさんの財産は住居に使用している土地、建物と、いくらかの預金です。以上のようなケースです。


 相続が開始した後、仮に残された妻Bと子Cとで円満に遺産分割協議が調ったとしても、不動産登記手続に必要な相続証明書を作成していく段階で、認知した子Eの存在は必ず明らかになります。戸籍は、婚姻や転籍ごとに新しい戸籍が編製されるので、死亡時の最新の戸籍には婚姻前に認知した子の記載は原則的にありませんが、相続証明書の作成にあたっては、生殖年齢に達した年齢から死亡までの戸籍を全部収集するからです。実際は、出生から死亡までの全戸籍、除籍を集めるので、多い人では、10通以上になることもあります。従って、相続人Eを除外して行ったBC間の遺産分割協議は無効ということになります。法定相続分は、非嫡出子は嫡出子の半分なので、結局妻が2分の1、Cが6分の2、Eが6分の1になります。女Dは相続人にはなりません。


 Aさんの対応策としては、不動産を妻Bと嫡出子Cに遺したければその旨を遺言にする必要があります。自分の死後、相続人BとCに非嫡出子Eを捜索させ、三者の分割協議を強いるのは、事実上非常に困難が伴うからです。Eについては、できれば生前から捜索して、生存の確認、所在を明らかにして、遺言書の中に相当分の現金を相続させる旨を記載するのが良いと思われます。


 なお、似たような事例としては、別れた先妻の子どもがいる場合があります。この場合、先妻の子どもは嫡出子であることにかわりがないので、現在の妻との子どもと同様の相続分を有します。この場合も円満な遺産分割協議は期待できないことが多いので、先妻の子どもにも配慮した遺言書を作成する必要があると思われます。


◆ケース4:長男を会社の後継者にしたい

 次は、ケース4の「長男を会社の後継者にしたい」です。


 事例の内容は比較的単純です。Aさんは自分で株式会社を創業し、現在も代表取締役として実質的に会社を経営しています。長男Bを役員として自分の右腕としており、将来は長男を会社の後継者にしたいと考えています。子は他に次男Cと三男Dがいますが、それぞれ独立して別の会社を経営しています。残念ながら、子供同士の仲があまりよくなく、自分の死後長男がスムーズに会社を承継できるかどうか不安があります。配偶者はすでに他界しているので相続人は息子3人だけです。Aさんの財産は、自宅に使用している土地、建物と、自社株の全て、それと現金です。以上のようなケースです。


 遺言がない場合、子の相続分は各3分の1ずつであり、長男だからといって別段有利な扱いを受けるわけではありません。従って、会社の株以外の財産の程度や、長男以外の子どもの父親の会社への関心の程度にもよりますが、Aさんの希望通り長男BがAさんの会社の株式の全部を取得して、会社を承継できるという保証はありません。そこで、やはり、会社の株の全部を長男Bに相続させる旨の遺言が必要となるでしょう。その際、他の相続人の取得分が法定相続分を下回らないように配慮が必要ですし、場合によっては、他の相続人には毎年の事業から上がってくる収益から配当の形で現金を支給する等、不満がでないような処置を考えてみることも必要になるでしょう。


◆ケース5: 事実上婚姻関係が破綻している戸籍上の妻に財産を遺したくない(最低限度で相続させたい)。内縁の妻に財産を残したい。

 最後は、ケース5の「事実上婚姻関係が破綻している戸籍上の妻に財産を遺さないで、内縁の妻に財産を遺したい」という事例です。


 Aさんには戸籍上の妻Bがいます。10年前に婚姻生活は破綻し、以来別居していますが、妻Bは離婚に応じません。離婚調停も不調に終わり、裁判離婚も考えましたが、面倒になり以後放ったままの状態になっていました。ところが、数年前からAさんはCと同居を始め、今ではCと事実上の夫婦として社会生活を送っていますが、戸籍上は、あくまでも妻はBであり、Cはいわゆる内縁の妻という立場にあります。Aさんの財産は住居に使用している土地、建物と相当の現金です。今、自分が死ぬと、全財産を戸籍上の妻Bが相続するので、なんとかしたいと考えています。以上のようなケースです。


 内縁の妻のように相続権がない者に、遺産を遺す方法は、Cに遺贈する旨の遺言を書く以外に方法はありません。生前に贈与する方法もありますが、その額により、多額の贈与税がかかってしまう場合があります。そこで、このようなケースでは、内縁の妻Cに全財産を与えるという旨の遺言は、かえって死後紛争が起こることが予想されるので、戸籍上の妻Bの遺留分を確保して、その残りを内縁の妻Cに与えるという遺言が考えられます。一般的には、愛人に本妻以上の財産を遺す旨の遺言は、公序良俗に違反するとして遺言全体が無効になるおそれもあるのですが、このケースでは、戸籍上の妻とは10年も前に実質上婚姻関係が破綻している場合なので、公序良俗違反の心配はないでしょう。



 さて、時間もきましたので今日はこのへんで終わりにさせていただきたいと思います。限られた時間であれこれと話を詰め込み、または説明が至らなかった箇所も多々あったかと思います。どうかご容赦願います。本日は、どうもありがとうございました。








>>>> Home